【名場面0047】人形だというのに真っ赤に染まって、唇までへの字にしていて、今にも泣き出しそうに見えたからだった。 [イスカリオテ]
カルロに答えながら、ノウェムはつかつかと大股で、少年のそばへ詰め寄った。
これ以上ない迫力で、紫水晶の瞳が睨みつけてくる。
「ノウェ、ム――?」
思わず声がくぐもったところへ、つけ込むように訊かれた。
「イザヤ様――断罪衣を起動できたんですか?」
「え? あ、まあ……」
「…………」
「…………」
今度は、沈黙。
さして長くはなかったが、あまりに重苦しいそれに少年が耐えかねて――突然、来た。
「イザヤ様が悪いんです!」
「うわ!」
いきなり、大声で叩きつけられたのだ。
きゅっ、と断罪衣の胸元を掴まれる。
「イザヤ様が悪いんです! 絶対にイザヤ様が悪いんです! いつもいつも、どうしてイザヤ様は私を伴ってくださらないのです!」
少年の断罪衣を掴み、精一杯背伸びまでして、実に一生懸命にノウェムが言うのである。
【名場面0044】「こうやって……イザヤ様から……触れてもらえばよかったんですね……」 [イスカリオテ]
「ああ、そうだ」
と、ぽつりと言った。
「ポンコツ。お前、なんか欲しいものとかあるか?」
「欲しいもの、ですか?」
きょとんと小首を傾げたノウェムに、イザヤは唇を歪めた。
「お前が俺の剣と盾になるっていうなら、それに報いてやらなきゃいけねえだろ。でないと帳尻が合わねえ。どうせ、教団から給料が出てるってわけじゃないんだろし」
「イザヤ様の生活に必要な資金は頂いてますが」
「お前の私物はねえだろうが」
「…………」
しばらく、ノウェムは考え込んでいた。
きっかり十秒で、答えが出た。
「ひとつだけ、望みがありました。よろしいですか?」
「おお、何でも言えよ。あ、先に言っておくけど、できねえことはできねえからな。後、大金とか要求されても困るぞ」
「おそらく、イザヤ様に問題なく実行可能と存じます。金銭にも関連しません」
「じゃあ言えよ」
「はい」
【名場面0043】「お前は俺の剣で俺の盾なんだろうが。」 [イスカリオテ]
【名場面0041】「相変わらずポンコツだな、お前」 [イスカリオテ]
【名場面0039】「でしたら、失礼させていただくのが私です」 [イスカリオテ]
マニピュレーターの間をくぐりぬけて、イザヤの視線はその中央――機械仕掛けのベッドへと向いた。
冷たい金属製のベッドの上に、人形が横たえられていたのだ。
イザヤの存在に気づいて、すぐノウェムは身じろぎした。
「っ――イザヤ様!」
「いいから寝てろよ」
ぞんざいな口調で、イザヤはしっしと手を振った。
「あ、あ……で、でも」
ぱちくりと何度も瞬きして、人形が躊躇する。
「いいから」
「り、了解しました。でしたら、失礼させていただくのが私です」
渋々と、ノウェムがうなずいた。
妙に弱々しい仕草で、聖職衣を毛布みたいに引き寄せ、じっと少年の方を見る。
【名場面0037】だって、それぐらいに、あの少年は特別で……。 [イスカリオテ]
自分の言動は、まるで論理的じゃない。
だから、悩む。
何が、嫌だったのだろう。
人形である自分が悩むなど、それ自体がおかしいことにも気づかず、ノウェムは没頭する。ごくごく自然に、思考回路のリソースをあの少年へ割り振ってしまう。
だって、それぐらいに、あの少年は特別で……。
「……そ、そうですとも」
路地裏を探る作業と思考を分割しながら、きゅっと拳を握る。
今度はすぐに、ノウェムは顔をあげた。
だって、こんなの当たり前だ。
あの少年は自分の洗礼者なのだから、第一優先順位なのだから、いちいち考えてしまっても無理はない。むしろあの少年が悪いのだ。もっと自分を理解して、もっと自分をうまく使うべきなのだ。だって、世界でノウェムを使って良いのはあの少年ひとりなんだから、これぐらいの主張は当然なのだ。
【名場面0036】「私の第一優先順位はイザヤ様です」 [イスカリオテ]
「お前だって、俺が本物だったら良かったのにって思うだろうがよ」
「どうしてですか?」
瞬きして、三度、ノウェムが首を傾げた。
いままでで一番不思議そうな傾げ方と、声の響きだった。
「そりゃそうだろ、記憶喪失だとかへんてこな嘘をつく必要もねえし、お前だってずっと楽できただろうが。断罪衣(イスカリオテ)とやらが使えれば、前みたいにぶっ壊れなくてすんだかも……」
「私の第一優先順位はイザヤ様です」
躊躇無く、人形は言った。
イザヤの台詞が終わるか否かという間際の、鮮やかな切り込み方である。
なぜだか、怒っているようにも見えた。
「『九瀬諫也』ではなくて、イザヤ様です。以前にもお話ししたかと思うのが私です」
「や、それはその……」
イザヤの声が、急激にすぼまる。
妙な迫力に気圧されたのである。
さきほどまで少年を映すだけだった鏡の瞳は――今、ただならぬ意志に燃えて――イザヤを捕捉していた。
【名場面0034】「あなたの名前を呼べると考えるのが私です」 [イスカリオテ]
【名台詞0023】カルロ・クレメンティは言いました [イスカリオテ]
【名場面0030】「何してんだ、お前」 [イスカリオテ]
【書感0007】「イスカリオテⅡ」 [イスカリオテ]
【名場面0028】「これだけは強く主張します」 [イスカリオテ]
【名場面0016】「交渉上必要な威嚇と判断したまでです!」 [イスカリオテ]
「って、怒ったりもするのか、お前」
「怒ってなどいません! 怒っているわけなど欠片もありません! これは交渉上必要な威嚇と判断したまでです!」
「それが怒ってるんじゃねえのか」
「違います! だいたい、イザヤ様は私のことを理解しなさ過ぎです。これは純粋に運用上の問題ですが、イザヤ様は私の能力や性質やそのほかのことももっと把握する必要があると考えます!」
「ま、待て。つうか、お前がまるきり自分の状態も伝えないからだろうが」
「私の破損状況は、イザヤ様の脱出にほとんど影響を及ぼさないと判断したからです! そうでなければ不完全な状態の報告などしたいはずが――」
「怒ってなどいません! 怒っているわけなど欠片もありません! これは交渉上必要な威嚇と判断したまでです!」
「それが怒ってるんじゃねえのか」
「違います! だいたい、イザヤ様は私のことを理解しなさ過ぎです。これは純粋に運用上の問題ですが、イザヤ様は私の能力や性質やそのほかのことももっと把握する必要があると考えます!」
「ま、待て。つうか、お前がまるきり自分の状態も伝えないからだろうが」
「私の破損状況は、イザヤ様の脱出にほとんど影響を及ぼさないと判断したからです! そうでなければ不完全な状態の報告などしたいはずが――」
【名場面0013】「な、何かおかしかったのが私ですか?」 [イスカリオテ]
人形は、少し沈黙して、
「本当に……最悪でしたか?」
「ああ、最悪だ。びた一文動かないくらい、最低に最悪だ。正直、こんだけ駄目とは自分でも思わなかった」
「そうです……か。でしたら、これからは改善に努めます。許していただければ、幸いに考えるのが私です」
妙にかくかくとした動作で、ノウェムが頭を下げる。
「は? お前がか?」
「はい。謝罪の言葉もありません。イザヤ様の栄養管理を請け負うと約束したのが私でした」
うつむいたまま、人形が真剣な声で言う。
あまりに真剣すぎて、こちらが戸惑ってしまうほどの勢いが、人形の声音には宿っていた。
「あのさ。お前……何のこと言ってるんだ?」
「本当に……最悪でしたか?」
「ああ、最悪だ。びた一文動かないくらい、最低に最悪だ。正直、こんだけ駄目とは自分でも思わなかった」
「そうです……か。でしたら、これからは改善に努めます。許していただければ、幸いに考えるのが私です」
妙にかくかくとした動作で、ノウェムが頭を下げる。
「は? お前がか?」
「はい。謝罪の言葉もありません。イザヤ様の栄養管理を請け負うと約束したのが私でした」
うつむいたまま、人形が真剣な声で言う。
あまりに真剣すぎて、こちらが戸惑ってしまうほどの勢いが、人形の声音には宿っていた。
「あのさ。お前……何のこと言ってるんだ?」
【名場面0012】「では、先に気遣いと適当の領域を指定お願いします」 [イスカリオテ]
すると、少年の隣からノウェムが寄り添う。
「――では、イザヤ様の荷物をお持ちします」
「いい! 自分で持てる!」
「しかし、気遣いは素晴らしいと今カルロ様に言われました。私は考えます。通常、生活における気遣いはこのような部分に現れるものです」
「いらん! お前もこの糞眼帯神父の言うことをいちいち真に受けるな!」
「では、そうした気遣いは今後一切無用とされますか? でしたら、イザヤ様に私の衣服や下着も洗っていただくことになりますが」
「それ、気遣いするとかしないとかの領域じゃねえだろ!? 自分のものは自分で適当になんとかしろよ!」
「では、先に気遣いと適当の領域を指定お願いします」
「――では、イザヤ様の荷物をお持ちします」
「いい! 自分で持てる!」
「しかし、気遣いは素晴らしいと今カルロ様に言われました。私は考えます。通常、生活における気遣いはこのような部分に現れるものです」
「いらん! お前もこの糞眼帯神父の言うことをいちいち真に受けるな!」
「では、そうした気遣いは今後一切無用とされますか? でしたら、イザヤ様に私の衣服や下着も洗っていただくことになりますが」
「それ、気遣いするとかしないとかの領域じゃねえだろ!? 自分のものは自分で適当になんとかしろよ!」
「では、先に気遣いと適当の領域を指定お願いします」
【名場面0011】「イザヤ様の気遣いが、今のことですか」 [イスカリオテ]
「イザヤ様に質問されるモノが、私ですか?」
奇妙な言葉遣いで、ことり、とノウェムが首を傾げた。
その仕草は、確かに機械を思わせる等速で行われ、しかし年頃の少女ならではの柔らかさをも備えていた。
「……あ」
矛盾する印象に、少年が言葉を失い、
「いや……、お前、手、痛く、ないのか?」
とりあえず、一番気になることを訊いた。
失われたはずの右手をきゅっきゅっと何度か握って見せ、ノウェムはやはり等速でうなずく。真鍮と似た腕輪をつけた右手は、普通の少女のものとまるで見分けがつかなかった。
「新しい四肢の接続と神経回路の同調は無事に終了しました。私の機能には問題ありません」
「うんうん。気遣いができるのは素晴らしいよね」
こちらは車の運転席から、カルロが口を挟んだ。
「イザヤ様の気遣いが、今のことですか」
奇妙な言葉遣いで、ことり、とノウェムが首を傾げた。
その仕草は、確かに機械を思わせる等速で行われ、しかし年頃の少女ならではの柔らかさをも備えていた。
「……あ」
矛盾する印象に、少年が言葉を失い、
「いや……、お前、手、痛く、ないのか?」
とりあえず、一番気になることを訊いた。
失われたはずの右手をきゅっきゅっと何度か握って見せ、ノウェムはやはり等速でうなずく。真鍮と似た腕輪をつけた右手は、普通の少女のものとまるで見分けがつかなかった。
「新しい四肢の接続と神経回路の同調は無事に終了しました。私の機能には問題ありません」
「うんうん。気遣いができるのは素晴らしいよね」
こちらは車の運転席から、カルロが口を挟んだ。
「イザヤ様の気遣いが、今のことですか」