【名場面0034】「あなたの名前を呼べると考えるのが私です」 [イスカリオテ]
「もうひとつだけ、うかがってよろしいですか?」
「何だよ」
「イザヤ様の本当の名前は、なんとおっしゃるのでしょう?」
「なんで、そんなの訊きたがる?」
「いけないでしょうか」
人形の声音はいつも通りなのだが、何故か残念そうな響きを感じ取って、イザヤはため息をついた。
どうして、この人形をうまくあしらえないのだろう。
嘘も詐術も、得意なはずなのに。
「九瀬勇哉」
と、呟いた。
「クゼユウヤ。字はどう書くのですか?」
「勇気の勇に、古文とかで使う哉だよ」
手を振って答える。
すると、人形はおかしなことを言った。
「ああ……では、イザヤは本当にあなたの名前でもあるのですね」
「は?」
「だって、勇哉はイザヤと読めるでしょう。これからイザヤ様と呼ぶときは、『九瀬諫也』ではなく、あなたの名前を呼べると考えるのが私です。よろしいですか、イザヤ様」
そんな馬鹿げたことを言われて、もっと馬鹿げたことに、少年は何も言えずに硬直した。
だって、そうだろう。
この都市に来て、はじめて自分の名前を呼んだそれは――まるで童女のように透明極まりない笑顔みだったのだから。
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ノウェム(イブ・カダモンシリーズ・EK-09h)×九瀬イザヤ
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「イスカリオテ」
(三田誠著、アスキー・メディアワークス電撃文庫刊)
「終章」(P.362~363)より
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いや~……、けなげだよノウェム。
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