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【名場面0013】「な、何かおかしかったのが私ですか?」 [イスカリオテ]

 人形は、少し沈黙して、
「本当に……最悪でしたか?」
「ああ、最悪だ。びた一文動かないくらい、最低に最悪だ。正直、こんだけ駄目とは自分でも思わなかった」
「そうです……か。でしたら、これからは改善に努めます。許していただければ、幸いに考えるのが私です」
 妙にかくかくとした動作で、ノウェムが頭を下げる。
「は? お前がか?」
「はい。謝罪の言葉もありません。イザヤ様の栄養管理を請け負うと約束したのが私でした」
 うつむいたまま、人形が真剣な声で言う。
 あまりに真剣すぎて、こちらが戸惑ってしまうほどの勢いが、人形の声音には宿っていた。
「あのさ。お前……何のこと言ってるんだ?」
「今日の私の料理は、不快だったのでしょう」
 と、ノウェムはきっぱりと断言した。
「申し訳ありません。昨夜のイザヤ様の反応を考えて、おそらく好みに合うだろうと推測していたのですが、おっしゃる通り最悪のミスと判断しました。今後、調理プログラムの構築から見直しますので、謝罪を受け入れてくださるよう願います」
「…………」
 顔をあげ、真っ直ぐに見つめてくるノウェムに、イザヤは呆然と瞬きした。
「イザヤ様?」
「……は、ははっ」
 思わず、噴き出してしまう。
「な、何かおかしかったのが私ですか? 今の謝罪も最悪と定義される部類でしたか?」
「いや、その、なんだ……ひっははは」
 ますます早口になり、ぎこちなくノウェムが問いかけてくる。
 その発言と妙な真剣さのギャップに、少しだけ救われたような気分になって、イザヤはひらひらと片手を振った。
「お前の事じゃねえよ。味は文句無し。あのまゆきって子もそう言ってたろうが」
「本当に、ですか? それは、たとえば人間同士の交渉で使われるお世辞という行為ではないのですか?」
(余計なものばっかり覚えてやがるな、このポンコツ)
 苦笑を滲ませて、
「本当だ、本当。いちいち人形にお世辞言う舌なんざ持ち合わせてねえよ」
 と、イザヤは唇の端を歪める。
 皮肉ぶったつもりだったが、相手に通じたかどうかは分からない。
 むしろ、ショックを受けたのはイザヤの方で――おそらくこの人形と出会ってから、二度目の表情と遭遇することになったからだった。
 つまり――
「――あ、また、反応がおかしかったのが私ですか?」
「っ……いいや、何も」
 と、少年は視線をそむけた。
 かすかに頬が上気していたが、ノウェムはそれを六月の陽気にのぼせたものと判断した。もうすぐ梅雨の季節だけあって、日陰でも熱気は侮れない。

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ノウェム(イブ・カダモンシリーズ・EK-09h)×九瀬イザヤ
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「イスカリオテ」
「第三章 <獣>」(P.188~191)
(三田誠著、アスキー・メディアワークス電撃文庫刊)
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 よいですねぇ。三重四重のずれっぷりがひじょうによい感じなのがノウェムです。

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