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【名場面0001】「ラフィールと呼ぶがよい!」 [星界シリーズ]

 そうに決まっている――ジントは思いこんだ。
 是正しなくてはならない。人間関係ははじめが肝腎。惑星デルクトゥーでの経験から学んだ、ジントの信条である。
 まず手始めは自分の名を名乗るという礼儀からだ。
「ねえ、きみ!」ジントは翔士修技生を呼びとめた。
「なんだ?」彼女はふりかえった。
「きみはぼくの名前を知っているんだよね」
「そなたはリン・スューヌ=ロク・ハイド伯爵公子・ジント閣下ではないのか?」漆黒の瞳が不審の色を宿して見かえしてくる。
 その表情を見ていると、ジントは確信が揺らぐのを覚えた。どうも馬鹿にしたり、見くだしたりしているようすはない。
「うん、そのリン・中略・ジントであることにはちがいないけど、こっちはきみの名前を知らないんだよ。アーヴはどうか知らないけれど、ずいぶん落ちつかないものなんだ、これは」
 彼女は驚いたように大きな眼をさらに見開いた。
 名前を訊くのはアーヴのなかでは無礼な行為なんだろうか? ジントはちょっぴり不安を感じた。アーヴの文化を学んだとはいえ、それは学校でもと国民から習ったのだ。不完全かもしれない。
 が、次の反応はジントの予想を超えるものだった。
 修技生は嬉しそうに顔をほころばせ、胸を反らした。黝い髪がはらりと波打ち、接続纓の先端の機能水晶が風変わりな耳飾りのようにゆれる。「ラフィールと呼ぶがよい!」
 たかが自分の名前をいうのに――ジントはいぶかしんだ――あんなに力まなくてもいいのに。まるで戦勝宣言をするみたいだ。
「そのかわり」ラフィールはつづけた。「わたしはそなたをジントとだけ呼びたい。よいか?」
 そう問いかけるラフィールの顔を目にしたとたんに、ジントの胸のうちにあるわだかまりは、熱湯にいれた雪のように溶けさった。彼女の鮮麗な眉目に浮かぶのは、紛れもない懸念、はねつけられたらどうしようか、と恐れている表情だった。
「も、もちろん」ジントは熱烈にうなずき、「そうしてくれたらありがたいほどだよ」
「じゃあ、ジント」とラフィール。「行こう」

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リン・スューヌ=ロク・ハイド伯爵公子・ジント
 ×アブリアル・ネイ=ドゥブレスク・パリューニュ子爵・ラフィール
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「星界の紋章Ⅰ -帝国の王女-」
「2 翔士修技生」(P.61~63)
(森岡浩之著、早川書房ハヤカワ文庫JA刊)
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「星界」といえば、なにをおいてもまずこのシーン。
 だに~の読書歴の中でも屈指の出会いのシーンです……が、前後も含めて読まないと真の良さが伝わりきらないのがひじょうに残念。


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