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【迷場面0125】蜘蛛、言い訳。 [オルキヌス 稲朽深弦の調停生活]


オルキヌス 稲朽深弦の調停生活 (GA文庫)

オルキヌス 稲朽深弦の調停生活 (GA文庫)

  • 作者: 鳥羽 徹
  • 出版社/メーカー: ソフトバンククリエイティブ
  • 発売日: 2009/04/15
  • メディア: 文庫


「あ、あの……初めまして」
 二メートルを越える蜘蛛に話しかける人間。
 端から見れば奇異以外の何でもない光景だが、それはあくまで外界の話。
 ここではその常識は通用しない。なぜなら――
「はい、初めまして」
 当たり前のように頷き、挨拶を返す蜘蛛。その言語はこの島における知的生命体が用いる共通言語。ならばこの蜘蛛もまた――知性ある存在に他ならない。
「うわぁ……!」
 自然に挨拶する蜘蛛を見て、深弦の興奮は頂点に達した。
 オルカ。幻想の島にしか居ない幻想の生物の総称。人語を解し、知性を持ち、力を持ち、長久の歳月を生きる人ならざる異形の幻獣。
 それが今、こうして目の前に居る。もしも深弦に理性がなければ即座に蜘蛛に歩み寄り、その全身をくまなく撫で回そうとしただろう。
 そんな興奮を隠そうともしない深弦に、蜘蛛はゆっくりと前足を上げた。
 なんだろう、と深弦が目を瞬かせると、蜘蛛は大きく息を吸って。
「布団が吹っ飛んだ!」
 一発ギャグをかました。
「…………」
 深弦の興奮が吹っ飛んだ。
「……すみません」
「いえ……こちらこそ」
 よく解らなかったが、とりあえずお互いに謝った。
 居た堪れない空気の中、おずおずと顔色を窺うように蜘蛛が言葉を紡いだ。
「あの……あれですよ。決して脅かそうと思ってあんなギャグをぶちかましたわけじゃなくてですね、なんだか随分興奮してらっしゃるみたいでしたから、ちょっと落ち着いてもらおうかなと思いまして」
 蜘蛛、言い訳。
「いやそんな……大丈夫ですよ」
 何が大丈夫なのか解らなかったが、深弦はとりあえず大丈夫と言っておいた。
 実際のところ、冷水を浴びせかけられたというか、期待を裏切られたというか、オルカというのはもっと高潔で尊大でかつ強大なものという思い込みが深弦にはあって、それが根本からひっくり返されたというそんな微妙な失望感が胸中に宿ったりしていた。
 しかし蜘蛛はその返事が聞けただけで満足したらしい。良かったー、と胸を――胸らしき部分を――撫で下ろしてから快活に笑った。
「じゃあ、どうぞ」
「……何がでしょう?」
「どうぞ、僕のギャグに突っ込んでください」
「…………」
 深弦は沈黙した。
 蜘蛛も顔を伏せた。
「……すみません、調子こきました」
「いえ……こちらこそ上手く乗れずに」
 どうしようもない慰めあいだった。

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稲朽深弦×土蜘蛛
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「オルキヌス 稲朽深弦の調停生活」
「――序章――」(P.18~20)より
(鳥羽徹著、ソフトバンククリエイティブGA文庫刊)
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 さすがに上陸直後では、ツッコミ役の深弦もエンジンかかってないようです。

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