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【名場面0008】「ここにいる」 [さよならピアノソナタ]

 ぼくは黙ってうなずき、また『ブラックバード』の最初のフレーズをつま弾く。翼が折れてしまったら、飛び立てるときまで待てばいい。
「だれかを勇気づける歌、なの?」
 ふと真冬が訊いた。ぼくは少し迷ってから答えた。
「黒人女性の解放を歌ったんだって言われてる。ポール自身も、そんなことを言ってたらしいよ。でも、ぼくはそういう考え方があんまり好きじゃない」
「どうして?」
「だって、そんなのひねくれてるよ。そのままでいいじゃんか。ブラックバードのことを歌ってる歌なんだから」
「ほんとにいる鳥なんだ」
「うん。クロウタドリっていう。ちっちゃくて真っ黒で、くちばしだけが黄色くて、すごくきれいな声で啼くんだって。写真だけ見たことある。日本には、たぶん一羽もいないけど」
 真冬はそこで、淡く微笑んだ。それはぼくがはじめて見た、彼女のほんものの笑顔だった。
「……いるよ。わたし知ってる」
 ぼくは首を傾げる。
「どこに?」
 真冬は目を細めて、それからぼくの胸をとんと人差し指で突いた。
「ここにいる」

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蛯沢真冬×桧川直巳
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「さよならピアノソナタ」
「19 クロウタドリの歌」(P.290~292)
(杉井光著、メディアワークス電撃文庫刊)
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 曲はビートルズの「ブラックバード」。
 ほんとはこの前段から読むとさらにさらに名場面なんですが、あまりに長くなっちゃうので……。興味を持たれた方は読んでみてください、4巻まとめて、ぜひ! おもしろさは保証します!

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