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【名場面0023】「なんでもないよっ」「なんでもないわ!」 [護くんに女神の祝福を!]

 恋人という言葉には、魔法のような響きがあった。この人の恋人なのだという思いは、甘いおとぎ話に似ていた。胸がどきどきして、浮かれたような気分になって、それは絢子も同じなのかもしれなくて。護はもう一度絢子の様子を窺う。目が合うと絢子の瞳が揺れ、その緊張がはっきり伝わってきた。
 護は覚悟を決めた。なんでもいい。話しかけよう。そう思い、笑顔になって、
「あの、絢子さん」「そうだ、護」
 声を出したのが同時で、顔を強張らせた。絢子の表情もひくっと強張り、さっと目を離したふたりは黙り込む。意を決して話しかけたのに、最悪のタイミングだった。
 護は激しさを増した動悸を必死に抑え、落ち着け、落ち着け、と自分に言い聞かせる。絢子さんだっていま、話しかけようとしてくれたじゃないか。緊張することなんてない。気負わずに口を開けばいい。落ち着け自分――。隣で目をそらしている絢子がいまどんな表情になっているのか、確認する勇気は持てなかった。
 護は深呼吸して時機を見計らい、四階に着いたところで再び唇を開く。
「絢子さん」「護」
 また同時で、
「絢子さんから、どうぞ」「護からでいいわ。なに?」
 次もまた同時だった。
 護が口許を引きつらせて見ると、絢子も同じように「どうしよう……」といった感じの動揺しきった表情になっていた。なにか言わなければと思うが、言葉を発した途端、また絢子も同時に開きそうな気がする。
 ヒビってなにも言えない。護は「あ……」と声を出すのが精いっぱいで、絢子も迷うように視線をしばらく泳がせて、やがてその唇を開いて「ま……」となにか言葉を形作りかけるが、それも結局、まともな単語にならないうちに消えていった。結局ふたりとも、赤くなって目をそらした。
 前を行く美月が立ち止まって、不思議そうに首を傾げている。
「護くん? 絢子さん? どうかした?」
「なんでもないよっ」
「なんでもないわ!」
 護は自分が上げた叫びと重なった絢子の声に、びくりと固まった。また同時。ゆっくり振り向くと、絢子の方もいますぐ倒れてしまいそうな顔をしている。気まずい。どちらともなく、ささっと顔をそむけ、止めていた歩みを再開した。

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吉村護×鷹栖絢子
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「護くんに女神の祝福を!②」
「第一章 東ビ大附属のSleeping beauty」(P.25~26)
(岩田洋季著、メディアワークス電撃文庫刊)
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 このういういっぷりがまた(^^;

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