【迷場面0153】「わ、わたし、処女じゃないもん! 経験済みだもん! もう大人だもん!」 [小さな魔女と空飛ぶ狐]
「ふうん。ねえ、中尉さん、ちょっと質問して良いかしら?」
アンナリーサが唇の端をにこやかに曲げながらクラウゼに尋ねる。
「ええ。どうぞ」
クラウゼは敬礼を解きながら、アンナリーサの瞳にある感情に気づく。
「人を殺した時ってどんな感じ?」
場の雰囲気が一変し、液体窒素をぶちまけた様に空気まで凍りついた。
クラウゼはアンナリーサの瞳にある感情を理解した。
好奇心だ。猫がネズミをなぶるような悪意なき残酷さに溢れている。眉や瞼、瞳、皺の動きまで見逃すまいとする目は、まるで新薬を投与したネズミの反応を観察しているようだ。
「貴方はサピアで大勢を殺したんでしょう? 空戦で、爆撃で、たくさん殺したんでしょう? ねえ、どんな気分? どんな気持ち? 昂奮した? 後悔した? 楽しかった? 辛かった? コンバット・ハイを経験したことは? PTSDは発症した?」
解剖台に載せられた蛙のような心境になっているところへ、楽しげな声音で無思慮かつ無神経な問いが浴びせられる。無邪気で残忍な言葉の刃に、
「ドクトル」
イングリッドがたしなめるように険の滲む声を飛ばしたが、アンナリーサの顔に反省の色は浮かばない。反感や嫌悪感とは言わないが、クラウゼの中で目の前の美少女の評価が、超上流階級の御令嬢より小生意気なクソガキの割合が大きくなった。
クラウゼはわざとらしく大きな嘆息を漏らし、
「話しても意味はありませんよ、フラウ・ドクトル。分かりっこないですから」
「それは戦争の現実は一般市民に理解できないって言いたいの?」
アンナリーサが不満そうに唇を尖らせると、
「少し違います。処女にセックスの話をしても分かったつもりになるだけで理解はできないのと同じで、殺人も体験した者にしか分からない、という話です。フラウ・ドクトルが私の体験をお聞きになりたいというのは、ポルノ映画を見てセックスした気になりたいと仰っているのと同じです」
子供相手に大人げないかな、というような表情を浮かべつつ言うべきことを言いきる。
思いもよらぬ切り返しに、アンナリーサは肌理(きめ)細かい白肌に朱を差し、顔を真っ赤に染めながら眉目を釣り上げてクラウゼを睨みつけた。そして、
「わ、わたし、処女じゃないもん! 経験済みだもん! もう大人だもん!」
演習場の端まで届きそうな大音声による宣言。
しかし、その訴えを耳にした周囲の大人達、クラウゼやイングリッド、メイドのメリエル、挙句は周囲の戦車兵達までが、幼子の強がりを見守るような、父性や母性を滲ませた生温か~い視線を送りながら、笑うのを堪えているように口元を柔らかく曲げていた。
優しい視線と生温かい苦笑に、アンナリーサはたじろぐ。二歩後ずさり、うううう、と苦渋溢れる唸り声を上げて顔を俯かせ、か細い声で告白した。
「……すいません、嘘つきました」
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アンナリーサ・フォン・ラムシュタイン×クラウゼ・シュナウファー
×イングリッド・フォン・ヴィッツレーベン
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「小さな魔女と空飛ぶ狐」
(南井大介著、アスキー・メディアワークス電撃文庫刊)
「第一章」(P.50~52)より
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最後のオチが、なんとも……アンナリーサかわいいよアンナリーサ(^^;
ちなみに、公式ホームページ(?)はこちらです(↓)
http://dengekibunko.dengeki.com/newwork/newwork3.php
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