【名場面0035】白衣に染み付いた煙草の匂いが、今は優しく感じます。 [θ 11番ホームの妖精]
私はそのとき、少し頼りない顔をしていたのでしょうか。ドクターは私の頭をその豊かな胸に抱き寄せて撫でてくれました。
「ありがとうっ」
見かけはともかく、私の方がドクターより本当は一〇〇年以上も年上なのですが、まるで逆転して姉妹です。でもなんだかそれも心地よくて、私はされるままにしていました。
「あの子をさ、叱ってくれたんだろ?」
私は小さく息を飲みました。
「……ごめんなさい、偉そうに説教臭いことをしてしまったと、反省しています」
「いや、違うよ。たぶんあの子にはそれが必要だった。叱ってくれる人がね。『叱る』ってのはさ、本当はきっと『甘やかす』ことよりずっと難しいんだ。ただ『怒る』んじゃなくて、本当に親身になって『叱る』っていうのは、誰にもできることじゃない。深い愛情を伴わないそれは心に響かないどころか、ただ子供を追いつめるだけだ。私たちには、あの子のいた前の研究所や、たぶん両親役の二人にも、たぶんできなかった。私たちにできたのは、ただあの子の機嫌を損ねないように遠巻きにするだけだ。それがあの子をますます孤独にして、あの子はたぶん飢えてたんだね、自分に正面からぶつかってくれる誰かにさ」
白衣に染み付いた煙草の匂いが、今は優しく感じます。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
西晒湖凉子×T・B
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「θ 11番ホームの妖精」
(籐真千歳著、アスキー・メディアワークス電撃文庫刊)
「Ticket02 魔女とバニラとショートホープ」(P.312~313)より
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
名シーンの多い無名の名作。何度でも言いますが、続刊希望!
コメント 0